kirigoe's ノベルゲーム感想ブログ

人はノベルゲームを求め、そして手を伸ばした

ブルアカを4周年セイア実装記念で復帰した感想

 「ソシャゲは時間の無駄だから引退するよ」「おう、明日また会おうな!」

 

 そう言われるほどソシャゲは依存性が高い。私自身はすっぱり全て辞めたつもりで記事まで書いたのだが、ブルアカ4周年でついにあのキャラに声がついたということもあり、そのキャラと同じ名前がついている頭のネジが外れていることを自覚している私は羞恥心を放棄し、少しだけ復帰することにした。プレイを辞めて4ヶ月での復帰のため「おう、明日また会おうな」とはならなかったが、結局一度面白いと思ったコンテンツを見限ることはできず、復帰してしまうものではある。今回はその感想を簡単に記録しておくこととする。

 

2025年1月24日にスクショした。

 

 

 

復帰への道筋

 私自身は2025年1月中旬からペットボトルロケットを打ち上げる日々であった。「わふー!」「グッドモーニングです、リキ!」「ちょっと直枝!」「ちょっと、しぃ!」といった声を幾度も聞き続けた先に星屑が見え、なにか受信でもしたのかと思ったが、それは百合園セイアの実装の報であった。つまり私は百合園セイア実装の瞬間に「クドわふたー」をプレイしていたのだった(しかもグランドエンディング直前…)。なおエクスタシーではないバージョンをプレイした。

 

 おそらく4周年で実装しないと今後適切なタイミングは訪れないだろうと私は判断していた上、2025年からは聖園ミカが月曜朝にショート動画に出始めたため実装そのものに特に驚きはなく(むしろ遅いとすら感じていた)、また声優が種崎敦美さんだったのも特に意外性はなかった。Yostarは重要キャラの配役は高確率で冒険せず置きにくるし、また種崎さんをここまで使わっていなかったことが不自然でもあったためだ。藤田茜さん、長谷川育美さん、福圓美里さん、石上静香さんなど有名どころはかなりの早期に出ていたのも大きい。意外だったのは周年キャラではなくただの限定キャラだったことだが、驚嘆したのはその程度でしかない。

 声を聴く限りでは私自身はテンション低いときのハチロク(まいてつPureStation)のようだと感じているし、双葉理央(青春ブタ野郎シリーズ)にも似ているはずとも感じている。

 それはともかく、実装されるなら一応イベントの間は復帰して引いておくかという気持ちにはなっていた。その後はどうするかわからないが、一通りの情報は摂取しておくつもりとは思っている。

 リオについてはよくわからない。もうちょっと後回しかと思っていた。

 

 復帰した感想という記事に興味を持って閲覧した方には、いきなりクドわふたーについて語ってしまって若干の申し訳なさを感じている。犬ではなくFOXについて語るべきだったのだが。なお、私が批評空間でクドわふたーにつけた点数は「76」であり、特に絶賛するほどではなかったが、前評判ほど悪い作品とは思えなかった。良くも悪くもパヴァーヌに近い印象を受けた。

 

「ソシャゲ」との戦い

 さて、1月20日に復帰してみた私だが、まず毎日ログインして作業する必要があることに若干の苦痛を覚えている。別に毎日ログインしなくともゲーム自体はプレイできるというか、そもそも数ヶ月以上ログインを放棄していたのだが。時間はかからないものの、どうしても毎日やるものではあるので、トータルの時間は加算されていく。そして重要な点としては、今回のイベントは3周年ヒナイベントと同じく毎日ログインして何かをプレイするRPG的な形式になっている。3周年ヒナイベントのが他のイベントと比較して大変だった記憶があり、「またこれか…」となってしまっているのが辛いところだ。この辺は賛否両論あるかと思うが、毎日更新されるのが辛い。

 復帰してまだ浅いが、反射的にデイリーミッションをこなしてしまう。ちゃんと最高効率で。もう総力戦などExtremeすらやる気が起きないから素材も集める必要ないというのに。身体がデイリーに適応しすぎてしまっている。どうしてもソシャゲはこうなってしまうのだ。だが復帰したからにはストーリーなど諸々はしっかりと把握しておきたい。このジレンマがどうしてもある。

 石はあるため、「アロナのせいで石がないから効率的プレイを強いられている」という事情ではない。プレイしてしまう以上最高効率で石を回収してしまうのが理由だ。プレイ中の作業はなるべくそれをするのに適した時間帯や作業のときについでにやっておくことにしているが、果たしてそううまく続くかどうかが気になる。

 石を確保するためにエンドコンテンツをやりこまなくても特に石の確保量が変わらない現行の仕組みが今となってみると絶妙に思う。どうしてもこのゲームはゲーム部分が運ゲー要素になるのが難点で、やる気を削がれる最大の理由になっている。私の気持ちが折れた理由のひとつに2024年3月の対ケセドでチケットを燃やしに燃やしたことがあり、あれを思い出すのが辛いのでもし今後本格的に復帰することになっても総力戦はガチらないと思う。

 

その先を「視る」べきかで悩む

 私がプレイを辞めていた理由は、Isakusan(ピカおじ)という世界観およびメインストーリー担当者がチームを二度と復帰できそうもない形で離脱してしまったことで鬱悒としてしまい、その先を「視ない」と決めつけたからだった。ピカおじは主に「哲学」分野に強いストーリーを書いていたため、哲学ジャンルの全盛期ノベルゲームが大好きな私にはそれも堪えたのだった。それでも私は「結末くらいは自分の目で見るべきではないか」と漠然と考えて帰ってきてしまったのだが…。期待はそこまでしていない。ロミオ抜きのロミオゲーをプレイするような気分で見ている。

 果たして、ピカチュウの格好をしたおじさんが居なくなったことによる課題は克服されているだろうか、今の時点では特に知る由もない。理由は簡単、そもそもイベントストーリーとメインストーリーは初期から別ラインで進んでいるためで、今回復帰した際に実施されているイベントストーリー1つで判断することが不可能だからだ。なので、ストーリーという軸で見たいものがないため、私はもう一度プレイを早期に中断してしまう可能性があるだろう。デカグラマトン編の続編も多少は気になっているが、このタイミングだと一気見には早いのではないかという気にもなっている。

 あと、辞めていた時期に開催されたイベント数回を現在は閲覧できないので、それをどうするかで悩んでいる。公式外の初見実況を使って見るべきかどうか。見たいときに見たいストーリーを見られない点は明確にソシャゲの弱点と言え、特にストーリーで売っているゲームは2年経たないと常設化されないという慣習は撤廃し、いつでもストーリーくらいは見られるようにしたほうがとは思う。ただソシャゲメインのユーザーで特に毎日欠かさずログインしている勢には受け入れづらい、いや受け入れられないだろうとも推察する。「頻繁にあの女が押しかけて総決算させられるイベント」くらいならスルーしても報酬差がつく以外の問題は出ないので、ヘビーユーザーとの差は総決算形式で開かせるのも手だと思う。あの女だけが頻繁に押しかけている現状には不満の声も大きいだろう。

 

 

 

 尤も、ストーリー勢はちゃんと復刻や常設を待てばいいだけの話かもしれないが、続き物や前作の知識前提のものもあるので、やはり知ってはおきたいという気持ちは強い。初見実況やってるVTuberの配信を見ればストーリー把握くらいはできるのでそれを見れば良いと言われればそうではあるが…(どちらかと言えばそれらの配信は初見ではなく自身がストーリーを見てから2周目3周目に見たいという気持ちはある)。

 

※と書いてはいたのだが、結局配信者による配信で見てしまったのだった。山海経のストーリー2部作が全盛期ノベルゲームみたいなストーリーだった事が印象に残っている。デカグラマトン編は2月の更新後に評価したい。ほかは普通にキャラゲーらしい展開だ。しかしYoutubeなどで配信している者も全盛期と比べると少し減ってしまったのが残念ではある。が個人がどうこう言える問題でもない。

 

 

とはいえプレイ労力はソシャゲ内でも格段に少ない

 ブルアカは例外的なソシャゲであることは私自身もよく理解している。デイリーが面倒くさいとはいえ5分程度で完結するものではあるからだ。しかも数ヶ月ログインしない程度であれば、様々な手段であっという間に最新まで到達が可能だ。そもそもゲームする必要すらなくて、ストーリーの把握くらいなら配信者による配信ですぐ(言うほどすぐか?)済ませられてしまう。自分のペースでプレイできる可能性が高い数少ないゲームとも言える。なので私がそれに適合すれば良いだけとも言える。

 これが他のゲームだとアクション要素があったり、競い合う要素が苛烈であったり、コミュニティの要素があったりと、ブルアカと比較して面倒くさいものとなる。ということを考えてみると、ブルアカも捨てたもんじゃないなと少し感じている。

 しかしソシャゲ要素を堪能しないということでもあり、次の疑問が出てくることとなる。

 

このゲーム、ソシャゲである必要ある?

 これ言い出したら終わりなんだが、現状ブルアカはソシャゲである必要性が薄いような気がする。人気の根幹にあるのが長大で哲学的なメインストーリーであり、人気を阻害しているのがゲーム部分、特に大決戦と成約解除決戦。それとゴズ。あと知育。前半にも書いたが、ざっくり言えばゲーム部分は突き詰めていくほど「運ゲー」になってしまい、過酷な厳選が待っている。ただ運要素を排除するのも考えもので、それをしている別ゲームでは他の人がやっていることをなぞるだけゲーと化しているものもある。

 

 開発元の韓国が買い切りゲーム市場そのものが成り立たない市場であることから、この手のゲームがソシャゲとして出てしまったというのがあるが、現状ソシャゲ部分がコンテンツとして邪魔している部分もある可能性は否定できない。

 

 ここから先は願望。個人的には、ここまでリリースしたメインストーリーすべて(できればフルボイス化)をプレイできるPCソフトを、円盤といろんな特典を入れて「箱」にして8,800円+税で売り出してくれるとありがたいと思っている(できればソフマップなど店舗別特典をつけるのも効果的だろう)。

 当然それが絵空事であることは理解している。ガチャで天井させたほうが明らかに儲かるからだ。ただし、運営費は買い切りと比べるととんでもない額がかかってしまうが(そのため売上が伸びないソシャゲはサービスが終了されてしまう)。しかし人気ゲームならガチャらせるのが一番儲かる。箱定価3つ分と1天井が等価なのは冷静に考えると常軌を逸している。キムヨンハ統括Pは「ガチャは悪い文明だが、それで会社は生きている」と言っていたらしい。真偽は不明。

 

箱。先日投稿した画像から流用した。別の画像を新規で投稿しようとしたら⑱なスチルが丸出しだったので断念した。



 

 ストーリーを存分に楽しみたいという目論見で作られたアニメははっきり言えば良い評価とはならなかった。全盛期ノベルゲームのフォーマットをアニメにするとコケるをブルアカまで擦ってしまった。他作品を見れば、AIRなど成功したものもなくはないのだが尺不足は感じる。AIRを5時間で収めるなんて無理があるというのは原作プレイ済みの人ならば理解していることだろう。

 やはりノベルゲーム媒体はノベルゲームで体験するのが最善と思えるのは様々なゲームを私自身がプレイしたことで体感している。ライトノベルであっても映像化作品よりも原作を読むまたは聴く方式が最も堪能できるというのも、私自身がAmazon Audibleで様々な作品を聴いてきたからまさに体感している(ただし、そのことを知らない人のほうが多数派だろう)。最近聴いた作品だと青春ブタ野郎シリーズが最も良いと感じているし、マケインもAudibleから入ったこともありアニメ放送前からこれは!となっていた。もちろん映像化そのものを否定するものではないが、ノベルゲーム媒体は特に映像化が構造的に大変とも言え、適した形で異なるメディアへの進出ができないだろうかと考えてしまう。ノベルゲームは1プレイ30時間以上が普通だから暇なし大人がプレイするのはやっぱり大変だ。少ない空き時間ではノベルゲームに手を出さず、即席時間つぶしにSNSを見てしまい、まとまった空き時間が作れずに結局どの作品もプレイ完了できなかった、という結果となっている大人も多いだろう。私自身、ノベルゲームに尽力していても1ヶ月に2~3作品をプレイするのが精一杯となっている(ただしボイスをしっかり聴いているのが原因なため、ボイスを飛ばしに飛ばせば数は多くこなせる)。

 

 

ノベルゲーム扱いとしてプレイを続ける予定、しかし

 現状、ブルアカは買い切りに近いノベルゲーム扱いとしてソシャゲとしては見ずに続けてみる予定だ。それってありなのかと言われたらなしと言われる可能性は高そうだが。ソシャゲの醍醐味でもあるエンドコンテンツについては深くは触らない予定だ。なによりガチっていたころは他ノベルゲームのプレイ効率がかなり落ちていたため、やる気がもし出てきたとしても過去の選択で知っているため。

 ノベルゲームとして見た場合。肝心のピカおじが地下生活を始めてしまったが、それ以外の現行ライター陣も全盛期ノベルゲームに脳を焼かれていそうなのが理解できるので、ある程度はクオリティの高いものが出せるし出せているのではと休止していたときに出てきたもの(五塵来降~)を見て感じている。ただやはり哲学的な内容についてはなかなか替えが効かない。しかも今回はクオリティの高い前作者を引き継ぐ。うまく乗り越えられるかが肝要とも言える。

 一方でキャラゲーとしては余裕で合格点以上のものが出せている。その点で言えば特に問題はない。問題があるとすれば、キャラが多すぎて出番に相当な格差が出てしまうことだろうか。ワイルドハントなど新校のストーリーが展開されるとなるとキャラゲーとして難しい舵取りとなる。

 複数ライターだとどうしてもクオリティにばらつきが出てしまうため、それをいかに良い方向で平準化できるか、そこがこれからのブルーアーカイブに求められている。私自身も2024年9月当初の絶望的な気分とは違い、未来を見ようという気に傾いてはいるが、今後どうなるかはわからない。だからこそ前向きに先を見てみようと考えてはいる。